貧困ジャーナリズム大賞2023

目次
  1. 【貧困ジャーナリズム大賞】(順不同)
    1. 青山浩平 持丸彰子 真野修一(日本放送協会)NHK ETV特集「ルポ死亡退院〜精神医療・闇の実態」
    2. 後藤秀典(ジャーナスト)書籍「東京電力の変節 最高裁・司法エリートとの癒着と原発被災者攻撃」
  2. 【貧困ジャーナリズム賞】(順不同)
    1. 池尾伸一(東京新聞)東京新聞 連載「この国で生まれ育ってー『入管法改正』の陰で」
    2. 「追い詰められる女性たち」取材チーム(朝日新聞) 阿久沢悦子 伊藤恵里奈朝日新聞 連載「追い詰められる女性たち」とThinkGender「非正規公務員女性しわよせ」の女性の貧困をめぐる一連の報道に対して
    3. 上田大輔(関西テレビ放送)関西テレビ放送 ザ・ドキュメント「引き裂かれる家族〜検証・揺さぶられっ子症候群」
    4. 今井潤 ほか「地方バス削減問題」取材班(北海道新聞)北海道新聞 地方バス路線削減をめぐる一連の記事に対して
    5. 岩浦芳典 尼崎拓朗(福岡放送)FBS福岡放送「リンゴ飴のこえ ~難聴って、なんなん?~」をはじめとする難聴理解への一連の報道に対して
    6. 高田正幸 笹山大志 高島曜介 大山稜 泗水康信(朝日新聞)朝日新聞「江戸川区生活保護受給者の遺体放棄事件に関する報道」
    7. 久永 隆一(朝日新聞)朝日新聞 連載「こぼれ落ちる子どもたち  その声を聞いて」
    8. 遠藤隆史(朝日新聞)朝日新聞「偽装フリーランス」をめぐるキャンペーン報道に対して
    9. 室矢英樹(朝日新聞)朝日新聞「住宅穴埋め屋」問題の追及キャンペーン報道に対して
  3. 【貧困ジャーナリズム特別賞】(順不同)
    1. 土屋トカチ映画『ここから「関西生コン事件」と私たち』
    2. 柳川強 倉崎憲 ほか『やさしい猫』制作スタッフ(日本放送協会)NHKドラマ「やさしい猫」
    3. 山岸薫 協力:非正規公務員VOICES短編映画「わたしは非正規公務員」

【貧困ジャーナリズム大賞】(順不同)

青山浩平 持丸彰子 真野修一(日本放送協会)
NHK ETV特集「ルポ死亡退院〜精神医療・闇の実態」

「助けてください。このままでは殺されてしまう」。必死に弁護士に訴えた患者はその後、不可解な死を遂げた。退院できるのは死亡した時だけ。看護職員らによる暴行や身体拘束などが日常的に行われていた八王子の精神科病院・滝山病院。人工透析治療を受けられる精神科病院として他の病院や地方自治体が患者を送り込む構図がある。生活保護行政もこの病院に頼る。生活保護費で支払われる医療費で過剰な治療で病床に縛られたまま長期入院させられる患者たち。病院長は以前、別の病院で患者の不可解な死や身体拘束や過剰な医療行為が発覚して保険医の資格を剥奪された過去がある。それでも行政は型どおりの指導を行うだけで精神医療の現場が改善される兆しはまだない。 精神医療の闇を追い続ける取材班は日本の医療と福祉の「もたれあい」の構図をあぶり出した。“精神医療の闇”は医療・福祉分野での人権欠如の象徴だが、改善に向けて今後も継続報道を期待する。

後藤秀典(ジャーナスト)
書籍「東京電力の変節 最高裁・司法エリートとの癒着と原発被災者攻撃」

新聞もテレビも断片的にしか伝えない原発被災者と東電の事故後の補償をめぐる「その後」を克明に記録した一冊。東電はいつの間にこれほど傲慢になったのか。かつて存在した濃密な地域の人間関係を奪われた被災者たち。話し相手もなく「テレビとお友達」という精神的な苦痛を訴えても、あたかも優雅な生活を楽しんでいるかのように「一日中テレビを見て平穏に過ごしている」と反論する東電側の弁護士。原発事故によって避難の末に夫との離婚に追い込まれた女性に、元々不仲だったのを「放射線からの避難と称して転居したに過ぎない」とこじつける東電側の弁護士。原子力損害賠償紛争解決センター(ADRセンター)の和解案にも応じない。こうした弁護士たちが所属する巨大法律事務所には元最高裁判事も名を連ねる。そうした「人脈」で被災者の心を傷つける弁護士と最高裁の判決が歩調を合わせる構図。丁寧な取材でそれを明るみに出した本書はまさに執念の結晶で群を抜いたものだ。

■書籍情報はこちら>>>https://www.junposha.com/book/b632266.html

【貧困ジャーナリズム賞】(順不同)

池尾伸一(東京新聞)
東京新聞 連載「この国で生まれ育ってー『入管法改正』の陰で」

入管法がどれほど外国人の人権を侵害し、貧困の温床になっているかは、その実態を知る人々にとっては周知の事実だ。だが、日本社会の多数派にとって、その深刻さを身近に理解することは難しい。在留資格のない子どもたちの視点から描くことで、そうした理解の壁を乗り越えることを目指した手法が評価された。幼い妹が発熱しても健康保険証がなく、全額自己負担となることを恐れて病院にもつれていけず、つぎに病気にかかったらどうしよう、と不安な日々をすごすクルド人家庭の中学生。働く資格がないため、就職が内定していく周囲の友人の姿を横目に苦悩を深めるペルー人家庭の大学4年生など、子どもたちの日常は入管法の異様さを際立させる。

■記事情報はこちら>>>

第一回2023年4月12日記事https://www.tokyo-np.co.jp/article/243490

第一回解説2023年4月12日記事https://www.tokyo-np.co.jp/article/243517

第ニ回2023年4月13日記事https://www.tokyo-np.co.jp/article/243695

第三回2023年4月14日記事https://www.tokyo-np.co.jp/article/243917

第四回2023年4月15日記事https://www.tokyo-np.co.jp/article/244106

「追い詰められる女性たち」取材チーム(朝日新聞) 阿久沢悦子 伊藤恵里奈
朝日新聞 連載「追い詰められる女性たち」とThinkGender「非正規公務員女性しわよせ」の女性の貧困をめぐる一連の報道に対して

男性の扶養にすがっていれば生活できるはず、という思い込みによって、女性の個人としての経済力の低さや公的セーフティネットは軽視され続けている。こうした「男性に頼る」ことを前提とした社会システムは、DVや、働いても報われない低賃金・非正規化による女性の貧困を拡大させ、見えにくいがゆえの政策的支援の遅れを生んできた。そうした構造によって追い詰められる女性たちの姿に多角的に光をあてた連載や、行政が女性への偏見を利用して低待遇の公務員を作り出し、拡大することで財政削減をはたし女性非正規公務員の姿をいちはやく記事とし、束として打ち出したことで、女性の貧困の根深さと広がりを社会に印象付ける役割を果たした。

■記事情報はこちら>>>

連載「追い詰められる女性たち」https://www.asahi.com/rensai/list.html?id=1794

ThinkGender「非正規公務員、女性しわよせ・・・」https://www.asahi.com/articles/DA3S15576478.html

          

上田大輔(関西テレビ放送)
関西テレビ放送 ザ・ドキュメント「引き裂かれる家族〜検証・揺さぶられっ子症候群」

乳児を激しく揺さぶって虐待したと疑われ、家族が離れ離れになる“虐待冤罪”が相次いでいる。背景には赤ん坊を激しく揺さぶることで脳に硬膜化血腫などをもたらす「揺さぶられっ子症候群」(SBS)をめぐる画一的な対応がある。写真家の赤阪友昭さんは医師や児童相談所からその疑いをかけられてわが子との面会を制限された。捜査当局にも逮捕、起訴された。欧米で疑問の声が出ている医学的な仮説を今も採用している日本の現状。赤阪さんのケースはわが子に先天性の疾患があったことがわかって裁判で無罪になったが、検察は最後までSBSが原因だと主張を変えなかった。虐待する親から子どもの命を守れという“正義”。それが硬直的に運用され、無実の親まで罪を負わされる現状。5年以上にわたる長期取材で児童虐待をめぐるいびつな実態をあぶり出した。弁護士の資格を持ち、法廷の内外で粘り強く問題を追い続けた記者の姿勢を高く評価する。

今井潤 ほか「地方バス削減問題」取材班(北海道新聞)
北海道新聞 地方バス路線削減をめぐる一連の記事に対して

北海道内で私営バスの減便や路線の廃止が相次いでいる。北海道新聞の調査では2023年だけでも札幌、千歳、帯広、北見など道内のバス会社の5割以上で減便や路線廃止があった。 病院に通う高齢者らが打撃を受けているのに路線削減そのものは一方的に発表される。背景にあるのは運転手のなり手不足だ。低賃金で燃料費の高騰でバス会社も経営が苦しい。運賃値上げも相次ぐが年金暮らしの高齢者にはさらなる打撃になっている。北海道新聞ではこの問題を継続的に報道し、しわ寄せを受ける住民の声を拾って様々な記事で伝えてきた。おそらく全国各地でいま起きているはずの問題を継続して伝える地道な報道姿勢に敬意を表したい。

岩浦芳典 尼崎拓朗(福岡放送)
FBS福岡放送「リンゴ飴のこえ ~難聴って、なんなん?~」をはじめとする難聴理解への一連の報道に対して


「難聴の人たちの生きづらさ」を伝える番組。私たちは難聴について知っているようで知らない。補聴器や人工内耳をつけていれば聞こえるのだろうとつい思う。実際には「完全に聞こえる」わけではなく、当事者は絶えず大きな雑音の中にいる感覚だという。

コロナ禍で誰もがマスクをするようになり、難聴の子どもたちにとっては口が見えないことで困難さが増した。長女が重度の難聴者で家族の会「そらいろ」代表の岩尾至和さんは、一般の人がわかりやすく理解できるように「なんちょうなんなん」という歌で説明する動画を制作した。「呼ばれた声に気づかない。後ろの音の聞き取り『なん』…」。「補聴器や人工内耳をつけていても…全部聞こえているわけではないんだ…」。リズミカルな歌で伝えるのは長女が毎日のように経験することでもある。 福岡市内でりんご飴菓子専門店としてスタートした「あっぷりてぃ」は難聴の当事者ばかりが働く場所だ。開店直後は失敗続きだったが、指差し注文表を作るなど店員たちが工夫を凝らし、次第に軌道に乗りつつある。難聴についてのこうした取り組みが広く報道されて全国に広がることを期待したい。

高田正幸 笹山大志 高島曜介 大山稜 泗水康信(朝日新聞)
朝日新聞「江戸川区生活保護受給者の遺体放棄事件に関する報道」

ひとり暮らしのお年寄りの孤独死は時々耳にする。死後しばらく経ってから見つかることもある。だから「江戸川・遺体放置」との記事を目にした時、特段の違和感はなかった。だが、「区職員『他の仕事で後回し』」「ケースワーカー配置『不足傾向』」との小見出しを見て愕然とした。1月10日に介護ヘルパーがご遺体を発見、報告したにも関わらず、3月27日までそのまま放置されていた。公共サービスの後退、劣化が言われて久しいが、亡くなられた後にも「公共サービス」が及んでいない。世間に知らしめた報道だ。  他紙もこの事件を報道したが、朝日チームは、区が公表するきっかけになる取材をし、さらに事件の背景や問題点を続報、公共サービスのあり方に警鐘を鳴らした優れた報道だ。

久永 隆一(朝日新聞)
朝日新聞 連載「こぼれ落ちる子どもたち  その声を聞いて」

1986年に施行された男女雇用機会均等法ができる前、女性は職場で「差別」される存在だった。正社員として雇用されていても男性社員を支える補助的な存在としてしか認めてもらえない。男性と同じ仕事をしても賃金は3分の1程度。結婚や妊娠すると突然、女性だけ早期退職を迫られる。東海地方の物流会社で能力を認められて働き続けた女性の半生をドキュメンタリーとして綴った。本人が証言する通り、「働いた」ということが文字通り「闘った」につながっていた時代の貴重な記録だ。ジェンダーギャップ指数が156か国中120位で解決すべき問題が残る日本。現在地点を歴史的に照射したテレビ報道の価値は高い。

■記事情報はこちら>>>https://www.asahi.com/rensai/list.html?id=1842

遠藤隆史(朝日新聞)
朝日新聞「偽装フリーランス」をめぐるキャンペーン報道に対して

働き方は「社員」(労働者)と同じなのに、フリーランスとして扱われ、労働基準法などで守られない「偽装フリーランス」。会社側は、雇用契約ではなく「業務委託契約」を締結して、「労働者」として扱わず、最低賃金、労働時間、解雇規制などの様々な法規性を回避し、年金や健康保険料の負担を逃れてコストを削減する。働き手には、最低賃金も有給休暇もなく、残業代も払われず、労災保険や雇用保険の適用もないので労災給付や失業給付もない。実態に即して「労働者」か否かを判断できることが重要だが、実務で使われている基準は、40年近く前の1985年に示された報告がもとになっており、その後の働き方の激変に対応できない時代遅れのものになったままだ。正規雇用から非正規雇用への置き換えにより進む「雇用崩壊」を、さらに悪化させている極めて深刻で重大な問題を、継続的に取り上げ、取材に基づき問題点をわかりやすく伝える一連の報道を高く評価するとともに、無権利状態が放置されたまま拡大に向かう現状を踏まえた継続報道に期待したい。

■記事情報はこちら>>>https://www.asahi.com/rensai/list.html?id=1740

室矢英樹(朝日新聞)
朝日新聞「住宅穴埋め屋」問題の追及キャンペーン報道に対して

住まいを失った生活困窮者を、郊外物件の空室の穴を埋めるための駒のように利用して入居させ、満室にした物件を高価で転売するという「新たな貧困ビジネス」の手口である「住宅穴埋め屋」。これまでの貧困ビジネスの典型は、生活困窮者に生活保護を利用させて物件に入居させ、保護費の中から住宅費やサービス料名目で高額な費用を搾取し続けるというもの。記者は、後を絶たない貧困ビジネスの被害を追い続け、豊富な取材経験を活かし、当事者、支援団体、転売先等への取材や関連資料の収集分析を重ね、複数の法人格を利用した大がかりな仕掛けで、旧来の手口を「発展」させて暴利を得るという「住宅穴埋め屋」にいち早く光を当てた。今後の追及と報道に期待したい。

■記事情報はこちら>>>

2023年2月12日記事https://www.asahi.com/articles/ASR2C4RT9R1ZOXIE00Z.html

2023年2月12日記事https://www.asahi.com/articles/ASR2C4RRVR29OXIE051.html

2023年2月13日記事https://www.asahi.com/articles/DA3S15554694.html

など

【貧困ジャーナリズム特別賞】(順不同)

土屋トカチ
映画『ここから「関西生コン事件」と私たち』

労働基本権として認められているストや団体交渉、団体行動が、ことごとく威力業務妨害や恐喝などの刑事事件として読み替えられ、大阪、京都、滋賀、和歌山と広範囲にわたって大量の組合員の逮捕者を出し、起訴も相次いだ「関西生コン事件」。だが、その規模の大きさにもかかわらず、この事件は、経営側のSNSによる「陰惨な暴力集団」のイメージの拡散などによって、人々に敬遠され、支援の輪も容易に広がらない展開をたどった。こうしたつくられたイメージを、女性運転手を始めとする組合員らの生活者としての実像や、人柄、個人史に寄り添った映像の力で覆し、賃上げに不可欠な労組の役割をユーモラスにかつヒューマンに伝えた手腕が評価された。

■映画情報はこちら>>>https://www.sienkansai.org/film-kokokara/

■近日上映会情報>>>2024年3月10日(日)11時~  第14回大倉山ドキュメンタリー映画祭

柳川強 倉崎憲 ほか『やさしい猫』制作スタッフ(日本放送協会)
NHKドラマ「やさしい猫」

貧困ジャーナリズム大賞2022特別賞を受賞した中島京子『やさしい猫』を原作としたドラマである。外国人と日本人との出会いと交流が恋愛として展開していく人間らしいあり方が、不条理な入管行政によって次々と困難に陥れられていくことが描かれる。現実の入管行政の問題を巧みにストーリーに織り込み、中学生の少女の視点を入れることによって、その不条理さがさらに際立って描かれる。この不条理な入管制度は、日本社会の一部であり、視聴者は深い悲しみと憤りを共有することとなる。子供が視聴しても十分に伝わるていねいな描写はすばらしい。日本社会の変化への希望を失わないラストもよかった。なお、このドラマが、国会で入管法「改正」審議が進行中に放映されたという事実は特筆すべきであろう。

■放映情報はこちら>>>https://www.nhk.jp/p/ts/9P6MW3K4RM/

山岸薫 協力:非正規公務員VOICES
短編映画「わたしは非正規公務員」

いまや、非正規公務員は国や各自治体で差はあろうと全体で6割近くを占め「会計年度任用職員制度」の導入で、公募制・雇い止めによって継続して働く機会を奪うしくみとなっている。「非正規公務員VOICES」の調査によればハラスメントの多発が明らかになったが、非正規公務員の権利を守る法律もない。

身バレを恐れ沈黙してきた当事者が、働く場が分断と差別の構造をつくり、生存権を奪っていくしくみを言葉にする。この短編ドキュメンタリーは、見えない雇用危機を可視化させた。 経済コスト優先の安価な働かせ方による細切れの労働力は公務の本質すら貶める。市民にとってもサービスの劣化につながる損失であることを示唆している。

■関連情報はこちら>>>https://f.2-d.jp/voices/