<<貧困ジャーナリズム大賞>>

◆市野 凜、松田 伸子、吉永 なつみ、新井 直之ほか「生理の貧困」取材チーム(NHK)
NHK「生理の貧困」に関する一連の報道活動

 経済的な困窮などのために生理用品をつかうことができない「生理の貧困」の問題にいち早く注目。この問題を調査してSNSで発信する若い女性たちと連携してキャンペーン報道した。若い女性たちが悩み苦しんでいる実態を「おはよう日本」「クローズアップ現代+」などの番組で知らせたほかネットでも発信した。他の先進国の実例も取材して男性にも理解しやすい形で報道を繰り返し、結果的に学校や自治体などでトイレにナプキンを常備させる対応を実現する成果に結びつけた。女性の職場や学校などでこれまでほとんど目を向けられることがなかった問題について社会の理解を促進させた一連の報道活動はこれまでにない画期的な報道活動として高く評価したい。

<<貧困ジャーナリズム特別賞>>

◆中島 京子
『やさしい猫』(中央公論新社)

 移住外国人問題に関する報道が激増した1年。在日朝鮮・韓国人や中国人が在日外国人の多くを占める時代から大きく様変わりし、1990年頃に100万人を超え、日系労働者、技能実習生など日本社会に深く繋がる外国人労働者が急増、今は215万人に達している。うち「不法滞在(残留)」者は8万人と公表されている。
文字で書くと「不法」な「滞在」そして「帰るべし」の意を込めた「残留」。しかし、一人ひとりに暮らしがあり、労働・学校生活などがある。東日本大震災ボランティアから始まるスリランカ男性との暮らしは、何人であろうとかけがえのない生活だ。それを国家「権力」が引き裂く非道さ。
 2020年5月から約1年にわたった読売新聞(夕刊)での連載小説が410頁の大作となった。だが長さを感じさせることなく一気に読んだ。

◆瀬々 敬久
映画「護られなかった者たちへ」

 映画は内容を詳細に紹介すると「ネタバレ」すること多く、特に本作は書けないが、秀逸な脚本だ。東日本大震災と生活保護、そこに殺人事件が絡むが、佐藤健や倍賞美津子演じる人物描写が見事で前半一気に惹きこまれていく。多くの人物が心に深い傷を負っていることも感じられる。そしてラストへと至る、まさにエンタメとして一級品。
 しかし、スクリーンが明るくなっても余韻が続く。それが特徴かもしれず、多くの人に、この映画の感想を語り合ってほしい。個人の生き方、青春、家族やカップルの関係性を描く日本映画の最近の「私小説的」傾向にあって、大震災時にある場を共有していた個々人が繋がり、そして福祉行政で象徴する社会問題とを結び、深く描いた秀作だ。

◆藤元 明緒
映画「海辺の彼女たち」

 ベトナム人の若い女性3人の技能実習生が直面する現実をドキュメンタリーと勘違いするほどにリアルに描いている。緻密な脚本と演出によって、労働、外国人、女性についてのさまざまな側面の日本社会の抱える問題を描き出している。丁寧で緻密な取材をもとに制作されたことが見て取れる。「社会派」と単純にくくるわけにはいかない映画である。中国の王兵(ワン・ピン)監督を彷彿させる映像である。誤解を恐れずに言えば、冷たくもなく温かくもない。ついに日本にもこういうタイプの映画が登場したかと感慨深い。社会的背景を精緻に描きながら完成度の高い映像作品が制作された意義はきわめて大きい。

<<貧困ジャーナリズム賞>>

◆森 葉月、佐藤 綾子(中京テレビ)
(NNNドキュメント)「おいてけぼり~【9060家族】~」

 出口が見えない「8050問題」。80代の親の家に仕事をせず「ひきこもり」の50代の子どもが同居して親の貯金や年金など資金を食い潰す現代日本で深刻化する社会問題だ。長期化して高齢化する「ひきこもり」の果てに親が子どもを殺すなどの悲劇的な事件も起きているのに政治も行政も対策を打てずにいる。問題の渦中の当事者を長期取材し、実態を映像で見せることに成功した。90代の親の家に60代と50代の「ひきこもり」の子どもたちが同居する「9060家族」。その生活を撮影するうち親が突然死。残された“遺書”には無理心中への決意も記されていた。親の死後に子どもに訪れた変化も映像で捕らえた画期的なドキュメンタリーは多くの人たちに必見の作品だ。

◆持丸 彰子、青山 浩平、海老沢 真、真野 修一(NHK)
NHK ETV特集「ドキュメント 精神科病院×新型コロナ」

 新型コロナウイルスの感染拡大の中でニュースでは報道されることがほとんどない医療現場が精神科病院だ。クラスターが発生した他の精神科病院から「転院」する患者たちを受け入れている都立の精神科病院でのコロナ対応を密着取材。元々いた精神科病院での患者への処遇を聞き取った。檻のような場所に南京錠をかけて閉じ込める、オムツ交換も頻繁にしてくれない、など耳を疑う実態を次々に明るみに出した。一般病院に比べて明らかに劣悪な環境にある精神科病院。その前近代的な実態を患者や関係者の証言を集めて日本での精神医療の遅れを問題提起した。厚労省や保健所も建て前だけで積極的に調査しないという構図も明らかにしたすぐれた調査報道ドキュメンタリーである。

◆河北 敏之、瀬戸 雄二、武井 一裕ほか「格差と貧困」取材チーム(TBS)
TBS「報道特集」“格差と貧困”に注目した一連の報道

 新型コロナウイルスの感染拡大で休業や廃業、失業などを余儀なくされる企業や個人が目立つなかで、TBS「報道特集」は“格差と貧困”に着目して報道を続けた。コロナ禍でしわ寄せを受ける外国人や障害者たちなど忘れられがちな人たちに目を配って境遇を伝え、自民党総裁選や衆議院選挙においてもこの視点から候補者らを厳しく問いただした。土曜日夕方の全国放送でこうしたブレない報道姿勢を維持する同番組の一貫した報道姿勢はともすれば権力や与党に対する遠慮や忖度が見え隠れする昨今のテレビ報道の中では目を引く突出したもので報道機関として権力監視機能を発揮したものとして評価する。

◆石井 光太
『格差と分断の社会地図』(日本実業出版)

 書き出しは、「君が生きていく日本社会は、格差という地雷に埋めつくされている。(中略)人々は格差にもとづく階層ごとに断ち切られ、それぞれにとって見える世界がまったく別のものになっている」。7つテーマ(所得・職業・男女・家庭・国籍・福祉・世代)が適切なデータと中高生を対象にした講演に裏打ちされた平易な言葉で書かれ、どこから読むことも可能。「知っていますか?毎日が夕飯がメロンパン・チョコレート・コーラと答える子どもたちがいることを」。問われているのは、僕たち大人と政治だ!格差・分断の現状を乗り越えるヒントが本書にはある。

◆平野 雄吾(共同通信社)
『ルポ入管 絶望の外国人収容施設』(ちくま新書)

 入管でのすさまじい人権侵害については、個別の事件報道によって断片的に知る程度である。本著は、入管についての多面的な取材・考察を加えた、おそらく初めての本格的ルポルタージュである。外国人がなんらかの事情で非正規滞在状態となり、さらに入管に強制収容されると、暴力、親子隔離、監禁、医療放置など驚くべき人権侵害にさらされる。また、非正規滞在者が日本の労働市場の最底辺の低賃金労働に就労しており、非正規滞在者をさらに無権利な低賃金労働に縛り付ける脅迫の道具として入管が機能していることを本著は明らかにしている。外国人への暴力支配が貧困とつながっていることを明らかにした意義は大きい。

◆上村 真也(読売新聞大阪本社)
『愛をばらまけ』(筑摩書房)

 大阪・西成、けったいな牧師とその信徒たちの物語は、読売新聞で計70回連載された記事が元。取材の始まりは牧師からの1通の手紙、締めは1日に何回もかかってくる電話『虐げられた者、蔑まれている者、力の弱い者に心ひかれる。(中略)全員にごっついドラマがある。それをちゃんと記録して世に残すのは誰の仕事か。あなたの仕事やで』。電話を受けて記者は、「これは、長い付き合いになりそうやな。私は覚悟を決めた」。舞台のメダデ教会(愛があふれるの意)は2021年3月に新教会が完成、今後も期待したい物語である。

◆千葉 紀和、上東 麻子(毎日新聞社)
「ルポ『命の選別』 誰が弱者を切り捨てるのか?」(文藝春秋)

 相模原の障がい者大量殺傷事件や、出生前診断、着床前診断の大幅拡大など、「優生思想」がクローズアップされている。本書は、その実態を丹念な取材によって多角的に掘り下げ、背景にある「排除する側」とこれを取り囲む社会の貧困を浮かび上がらせた労作だ。著者の一人は昨年も、相模原事件の毎日新聞の連載を担当したチームの一員として本賞を受けている。その取材をさらに発展させた本書の「事実」の迫力に、審査の過程では「大賞に匹敵する」との意見も出るなど、高く評価された。

◆原 真(共同通信社)
「わたしの居場所」を含む在日外国人らに関する入管政策についての一連報道

 入管施設で非業の死を遂げたスリランカ人女性ウィシュマさんに象徴される難民政策。人権侵害と国際的な非難を浴びていても変わらず、政府は外国人収容と強制送還を強化する法改正を模索する。問題の歴史的な背景や各国と比較した課題を記者として継続的に報道し、わかりにくいテーマを新聞記事、ネット記事、書籍など多様な形で伝えた報道活動はジャーナリストとして稀有なものである。2021年に国会審議された入管難民法の改正案をめぐっては難民申請を実際に経験した人や国連難民高等弁務官事務所の関係者など難民認定にくわしい専門家らに話を聞いて多角的に問題提起。廃案に結びつけた専門記者として報道活動には深く敬意を表したい。

◆大久保 昂(毎日新聞社) 
非正規教員問題を巡る一連の報道

 公立中学校に通うむすめさんがいる友人と話していたら、「主要科目は苦手だけど、絵が好きで中学生になって絵画部に入り、部長になったの」「ところが、専科に常勤教師がいなく、短期間で入れ替わる非正規の美術教員は顧問になれず、絵の指導など出来ない正規教員が顧問なの、これじゃあ話しにならないわ」と。
 今年1月から5回にわたっての連載は、2021年度から実施される35人学級に伴い正規教員が増員されるそのタイミングでの報道だった。しかし、正規教員が不足する一方、文科省調査で「臨時教員4万3900人、08年比24%増」と明らかにされた。
 正規教員不足と非正規増加という中で、衆参文科委員会での附帯決議や当時の文科大臣の発言、さらに初の教員全国調査実施の動きが始まった。この報道はそれらの動きに拍車をかけ、世論を喚起した。また、Web版では字数の制限なくしっかりと報道し、その要点を本紙で掲載する最近の手法も生きている。

◆小林 美穂子、稲葉 剛、和田 静香
『コロナ禍の東京を駆ける~緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(岩波書店)

 アウトリーチ型の貧困者支援は、フランス、韓国など海外で重要な役割を果たしてきた。感染防止のため大規模な相談会が難しくなったコロナ禍の下で、日本でもこの手法が、「駆けつけ支援」として救援の柱となった。こうした支援を通じてあぶり出されたコロナ禍の貧困をめぐる作品としては、『コロナ禍、貧困の記録』(雨宮処凛) 、『不寛容の時代 ボクらは『貧困強制社会』を生きている』(藤田和恵)も候補に挙がった。本書は、この支援を中核的に担った著者らによる貧困行政に対する告発の記録として、また、「駆けつけ支援」関係の作品の先駆け的な出版として、駆けつけ支援関係の出版を代表しての受賞となった。

◆高橋 淳(朝日新聞社)
ひきこもりの悪質支援業者の手口や被害の実態をリポートした朝日新聞の連載記事「『引き出し』ビジネス」と関連記事

 貧困や孤独・孤立など政治的・社会的に解決すべき課題に関連した事業は、社会福祉法人やNPO法人、さらには株式会社などが多く参入し、改善に繋がることも多い。しかし、一方ではここで取り上げた「引き出しビジネス」や生保関連の「無料低額宿泊所」など問題がある事業者も少なからず存在する。
 その「悪徳」事業者の存在を、当事者(家族)、事業者、専門家、精神科医など多角的に取材し、実態を明らかにした。21年1月からWeb掲載を先行、ついで本紙面で2月から掲載した
 ところで韓国では「社会的企業」が法制度化され、社会貢献や脆弱労働者を積極雇用する事業を推進している。日本でもこういう良質な事業者は一定存在するが、それを国が制度で位置付ける必要性を、こういう悪質事業者に接するたびに痛感する。

<これまでの大賞受賞者>
2020年 沖縄タイムス 篠原知恵、又吉嘉例、嘉数よしの、勝浦大輔:連載「『独り』をつないで-ひきこもりの像」
2019年 NHK 長嶋愛、村井晶子:ETV特集『静かで、にぎやかな世界〜手話で生きる子どもたち〜』
2018年
・NHK 青山浩平、真野修一:ETV特集「長すぎた病院〜精神医療・知られざる実態〜」
・朝日新聞 青木美希:地図から消される街3・11後の『言ってはいけない真実』(講談社現代新書)
・ワセダクロニクル 渡辺周編集長ら「強制不妊」取材班:「精神病患者や障害者等への強制不妊手術」についてのキャンペーン報道
2017年 該当作品 なし
2016年 朝日新聞 錦光山雅子:中学制服代の地域格差の実態を明るみに出した一連の報道
2015年 東京新聞 我那覇圭(政治部)、林 朋実(社会部):「シェアハウス居住で児童扶養手当を支給されない問題」についてのキャンペーン報道
2014年
・みわよしこ(ジャーナリスト):ダイヤモンド・オンラインなどでの一連の生活保護報道
・下野新聞社 山崎一洋社会部部長代理以下編集局「子どもの希望」取材班:長期連載キャンペーン報道「希望って何ですか 貧困の中の子ども」
2013年 週刊東洋経済 風間直樹・西村豪太:「ユニクロ疲弊する職場(3/9号)」
2012年 朝日新聞 「被曝隠し問題取材班」(代表:佐藤純):原発労働に関する一連のスクープ「線量計に鉛板、東電下請けが指示 被曝偽装」など
2011年 水谷豊(俳優)・櫻井武晴(脚本家):テレビ朝日ドラマ「相棒 Season 9~ボーダーライン」
2010年 沖縄タイムス 与那嶺一枝:「生きるの譜」
2009年 朝日新聞 竹信三恵子:労働など雇用問題を継続、かつ、多角的に報道した実績に対して
2007年 
・朝日新聞 清川卓史:日雇い派遣問題などで先鞭をつけた朝日新聞における一連の報道
・週刊東洋経済 風間直樹・岡田広行:クリスタル問題などで他の追随を許さぬ、週刊東洋経済などにおける一連の報道